論文の読み方・書き方

金森 由博 (kanamori<AT>cs.tsukuba.ac.jp)
2023/8/9, ver. 1.3
2016/1/30, ver. 1.2
2014/6/13, ver. 1.1
2012/12/10, ver. 1

はじめに

論文は一定の型に従って書かれています。ここでいう「型」とは「どこにどんなことが書いてある」という論文の構造のことです。この構造に慣れれば、論文を読むときには読解しやすくなります。また自分が論文を書くときには、型通りに書くことで読者が安心して読める論文になります。書き方がわかれば自ずと読めるようになるはず、という考えのもと、ここでは書き方を中心に説明します。この文書では CG 分野を想定して論文の定型について紹介しますが、他の分野でも通用するはずです。

論文を書く上での細かい注意事項については、拙著「論文執筆のためのチェックリスト」を参照してください。

論文のタイトル

既存の論文と区別できる (ググっても類似のものが出てこない) ことが大前提で、論文の内容を端的かつ正確に表現したもの。

短いタイトルはインパクトを与えやすいが、短くても十分に他と差別化できる場合につける。既存の論文で短いタイトルがあれば、その論文が発表された時点では真に画期的であった、という著者の意識の顕れといえる。他にも、短くキャッチーなプロジェクト名のあとにコロン : をつけて、その後により詳しい情報の書かれたタイトルもある。このようなプロジェクト名は読者に覚えてもらえやすい。

論文タイトルでよく使う修飾語は次のようなものがある。

これらを組み合わせ、語順によって修飾関係に曖昧さが生じないよう気をつけながら、タイトルを決める。

なお、学位論文 (卒論、修論、博論など) では、「…に関する研究」「…についての一考察」のような表現を加える場合がある。学位論文は提出よりもだいぶ前 (数ヶ月〜半年前) に事前にタイトルを提出する必要があり、タイトル提出時から研究方針が変わってしまうことがある。前述のような表現を加えて少し曖昧にしておけば、研究方針が多少変わっても対応できる。

論文の基本構成

典型的な論文の構成は次の通り。

  1. 概要
  2. はじめに
  3. 関連研究
  4. 提案手法
  5. 結果
  6. まとめと今後の課題

論文の構成はテンプレ (お約束) に従った方が読者に安心して読んでもらえる。内容自体には独創性を発揮しても、構成はテンプレに従うのがよい。

0. 概要 (要旨, Abstract)

0 と付番したのは、論文では普通、概要を節(あるいは章)としてカウントせず、書式によっては省略することもあるため。概要は、読者が読むべき内容かどうか素早く判断するために書かれる。典型的には次のような順で書かれている。

学会に投稿する論文など専門家が読むことがわかっている論文や、研究背景の説明や問題提起をする必要がないほど明らかな場合、いきなり「本論文では」「本研究では」「我々は」(上記の第 3 文に相当) で書き始める論文も多い。これはあくまでも研究背景や問題提起をしなくても伝わることがわかっている前提の話で、学位論文 (卒論、修論、博論) などでは読者の事前知識を想定できないのでお薦めしない。学位論文でなくても研究背景も含める方が親切。

論文執筆の初心者がよくやる失敗は、研究背景や問題提起の内容が概要の半分以上を占めてしまい、肝心の提案内容の記述がわずかになってしまう、というもの。研究背景や問題提起は最小限にし、必要なら「1. はじめに」に詳細を移す。提案内容について、本文を読まなくてもわかる範囲で、できるだけ多くの情報を記述する。

本文を読まずに内容を素早く判断するためのものなので、概要の中では論文を引用したり専門用語を使ったりしないで説明するのが普通。

1. はじめに (序論, Introduction)

基本的には概要をもっと詳しくしつつ、研究背景、問題提起、キーとなるアイディア、既存手法との違い、メリット、達成した内容や実験内容などがひと通り書いてある。「1. はじめに」を読めば論文のストーリーがわかるようになっている。メリットや達成した内容については、"advantage" や "contribution" などの単語で明示的に書かれることが多い。

自分が論文を書くときは、上記の項目に漏れがないか注意。そして個別の項目についてあまり細かく書きすぎていないかも気をつける。

現在すでに存在する方法で問題がないのであればそもそも研究する必要がないので、研究するからには研究背景や問題があるはずで、既存のものとの違いを生じるアイディアがあって、その結果、既存のものより優れた結果が得られるはずである。それらをかいつまんで「1. はじめに」に書く。

「1. はじめに」の末尾の段落に、その後の論文の構成(例えば「2章では…3章では…」など)について説明することもある。短い論文なら省略される。

短い論文などでは、次の「2. 関連研究」の内容も「1. はじめに」に含めて書かれることもある。

2. 関連研究 (Related Work)

ここの目的は「既存の研究にどういうものがあるか紹介し、それらと比べて提案内容がどういう位置づけにあるのかを明確にする」というもの。よって「こういうものがあります」という事実を淡々と述べるだけの記述はナンセンス。位置づけの仕方について例えば「提案内容はまるっきり新しい」と言いたいとする。しかし既存研究を何も紹介しないと誰も信用してくれないので、新しいと言ってもわずかにかすっているような既存研究はあるはずで、それらとの対比で新しさを主張する。その他、よくある例として「提案内容はある既存研究を改良したもの」ということなら、その既存研究の問題点を指摘し、解決のためのキーとなるアイディアを説明する。

既存研究の文献の引用数は、少なくとも一定の数以上は期待される。数が少ないと文献の調査不足を疑われる。投稿先の学会や、学位論文で平均的にどれくらいの数の論文を引用しているか調べて、それと同程度以上は引用する。既存研究が膨大にあるような分野なら、調査論文 (サーベイ; survey) を引用して「詳しくはこれを読んで」と書けばよい。

関連研究はカテゴリ分けができるはずなので、カテゴリごとに段落に分ける。読みづらくなるのでごちゃまぜにしない。

年代記のように時系列順で書く。つまり、その分野の初期の研究として◯◯があって、その後…という風に、歴史を辿るように書く。

関連研究の最後の段落に、ここまで紹介した既存の研究と提案内容を明確に差別化するような、提案内容の新規性について言及する。「本論文では」「本研究では」「我々は」などで始まる文が必ず見つかるはず。

3. 提案手法 (Our Method, Proposed Method)

まず手法の概要として、入力と出力は何か、前提は何か、対象とする問題は何かを明確にする。概略を示すイラストを載せるとよい。そして、提案内容の核となる基本アイディア・思想について説明する。つまり「なぜこうするのか」を述べる。論文執筆の初心者がやりがちなのは、「なぜ (why)」を書かずにいきなり自分がやったこと、つまり「こうする (how)」だけを書く、というもの。これでは読者は「他の方法も考えられるのになぜそうするのだ!?」とフラストレーションがたまる。他の方法も考えられるなら、関連研究のところで文献を挙げて予め排除しておくか、「別の方法として◯◯も考えられるが…という問題がある」という記述でその代替案を排除する。

提案内容の概観を説明したら、個別の詳細について説明していく。話の本筋とあまり関係ないが説明が必要、というものがあれば (例えば定理の証明や計算の導出過程など)、付録 (Appendix) にまわす。なお学位論文の場合は self-contained、すなわち「他の論文を読まなくてもその論文だけ読めば内容がわかる」ことが求められるので、付録をうまく活用して研究の前提知識を説明するとよい。

もし提案内容の元となる既存研究があれば、「2. 関連研究」および「3. 提案手法」の間に節(または章)を作るか、「3. 提案手法」の中に副節を作って説明する。このとき、自分の独自解釈や独自用語を使わず、自分の提案内容の話を混ぜず、既存研究の内容を純粋かつ忠実に説明するよう注意する。そうでないと、読者はどこからどこまでが既存のもので、どこからがこの論文の提案内容なのかわからない。

4. 結果 (Results)

ここまで主張してきた提案内容の利点を、ひとつひとつ裏付けるような、証拠となる実験結果を示す。逆に、証拠を示せないなら強い主張はすべきでない。

目標を達成できたかどうかの評価が重要。既存手法が存在するなら、既存手法の結果との比較はほぼ必須。当初に掲げた目標ごとの評価方法は、例えば次のようなものが考えられる (これがすべてではない):
目標評価方法
物理現象のシミュレーション実世界の物理現象との比較
高精度化数値誤差の評価
高速化既存手法との計算時間の比較
作業の効率化ユーザテスト、作業時間の測定
定量的 (数値的) 改善既存手法の数値と比べる
定性的改善結果画像を並べ読者に判断を委ねる
審美的な結果アンケート、読者に判断を委ねる

実験結果には再現性が求められる。目安として「大学院生がこの論文を読んで検証実験できる」程度に詳細を書く。例えば、実験環境として、どういうプログラミング言語・ライブラリで実装し、どういう PC 環境で実験したのか、についても軽く触れる。これらは計算時間についての参考になる。データのサイズ (例: 入力画像サイズ、メッシュの頂点数) やパラメータの具体的な値なども説明する。

制限事項 (Limitations) についてもこの前後 (「4. 結果」の最後 or 「5. まとめ」) で触れる。あまり問題点ばかり強調し過ぎないこと。問題点を言いっぱなしにするとネガティブな印象を残すので「こうすればなんとかなるはず」といったフォローも入れること。

5. まとめと今後の課題 (Conclusions and Future Work)

第 1 文に、この論文では大局的に見て、何を提案したのかを書く。英文なら通例現在完了形で書く。その後、より詳しい説明を書く。「0. 概要」や「1. はじめに」で書いたことと重複してよいが、論文をすでに読んだ前提なので、より踏み込んだことを書く。時間がない読者が最悪ここだけ読んでも内容がつかめるようにまとめる。

今後の課題 (future work) は、「実装を修正する」とか瑣末なことではなく、研究テーマに広がりが出るような展開について書く。例えば「◯◯に応用する」とか「今回の☆☆についてもっと深める」とか「提案内容を一般化・拡張してみる」とか。

その他

「言わなくても伝わるだろう」と読者に甘えて主張すべきことを書かないのはNG。対面なら口頭で論文の説明不足を補足することもできるが、世界中の読者に説明してまわるのは無理。書いてあることがすべて。特に、論文執筆の初心者が英語論文を書くとき、英語で何と書いたらよいかわからず中途半端な表現だけ書いてしまうことがよくある。それでは伝わらないので、拙くてもしっかり書く。指導者が修正してくれるはず。

小説のような遠まわしな言い回しや曖昧な表現は避ける。簡潔かつ明確に。

非ネイティブの我々は、うまい英文表現を真似て書くのがよい。「英作文は英借文」とも言われる。一流の学会の論文を参考にすること。マイナーな学会の論文では表現が稚拙なことが多い。

※実際に論文を書くときには、ここで挙げた注意事項では全然足りません。より詳しくは、拙著「論文執筆のためのチェックリスト」(100項目以上) を参照してください。